俳優 津田寛治インタビュー[漫画 ダブル連載記念企画]

「舞台、映像、漫画、それぞれの表現」

考えすぎると演技はダメになる

野田:実はいま進めている3話のネームで、劇団からスカウトされて事務所に所属したばかりの主人公が、ドラマの現場にちょい役のゲストで呼ばれていって、そこで舞台の演技とドラマの演技は違うんだよ、と怒られるっていう話を書いているところなんです。

津田:たしかに昔は舞台の人は芝居が大きいから映像では使えない、みたいなことを言われてましたが、いまは状況が変わってきてますよね。最近は舞台の俳優さんが本当にナチュラルな演技をするから、逆に映像の人が舞台に立つときの方が大変だったりするみたいです。

:映画とテレビのルールは、昔は明確に違っていたように思います。映画って、役者が面白い演技をして大きい動きをしても、カメラマンがそれを追いかけて下さるんです。そして監督も面白いって言って下さったり、共演者がその演技に合わせてくれたりするんです。役者が止まり位置に行けなくても、カメラマンが面白いと思ったらその役者の動きに合わせてくれて演技を途中でとめたりしないんです。それでその役が大きい役になる事もあったり。でも、ドラマは主人公の話がしっかり軸にあるので、決められた放送時間の中で視聴者の視点がぶれないようにするために、脇役は余計な事はしないのだと思います。寛治さんは、そういうドラマのルール(みたいなもの)が守れなくて、よく私が呼び出されてプロデューサーに怒られていました。なぜか、本人ではなくマネージャーが怒られるんです。
でも、最近はそういったジャンルによる線引きがなくなってきたのかもしれませんね。

津田:映画の現場も昔は今みたいにモニターがなかったから、モニターチェックにくる役者をすごく嫌う監督もいましたね。森田芳光監督もそうでした。いまはもうフィルムで撮ってる現場なんてほとんどないし、モニターがあるのに役者は見るなっていうのはナンセンスですが、僕もそうだし大杉蓮さんとかもそうだったんですけど、やればやるほどモニターって見なくなっちゃうんですよ(笑)。意志を持って見ないというよりは、自然に見なくなる。見たところでどうにもならないという気持ちになるんです。モニターを見て、今こういう芝居したから続きはこういう芝居にしようって計算することが、逆にどんどん芝居をダメにしていくというのが、なんとなく分かってくるんですよね。

野田:それは考えちゃうと駄目ってことですか?

津田:そうなんです。考えすぎると本当にダメだってことが、最近ようやくわかってきた気がします。

テンプレートは便利だけれど、つまらない

野田:役作りはどんな風にされるんですか?

津田:最近思うのは、とにかく役を自分に近づけないと始まらないということですね。ゼロから作る役なんていうのは薄っぺらすぎて、とてもじゃないけどお客さんに見せられない。だから凶暴な役をやるときには、ゼロから自分がイメージする凶暴なキャラクターを演じるよりは、自分の中から凶暴なもの引きずり出して自分の方に持ってきちゃうっていうんですかね。たとえば僕が「うるっせえこのヤロウっ!」って、普段そんな風に怒鳴ったりしないような大声で凄むより、いつものテンションで静かに「うるさい、うるさいんだよ」って言った方がよっぽど怖いんじゃないかなと。一からキャラ作りをしようとすると「それっぽい」ことを説明しなきゃいけなくなるんですよね。それはどうやっても嘘くさくなるから、だったら自分によせて来ちゃったほうがいいなとは思いますね。

野田:職業とか役柄とか、いわゆるテンプレートに入ってしまうと嘘くさくなるみたいなことですかね。

津田:そうなんです。テンプレートってあると便利なんですけどね(笑)。でも、それだけだとステレオタイプになってつまらない。たとえば映像作りでも、既存のエフェクトがあって、それをクリックひとつでパンと使えば楽ですけど、そうすると出来上がりがやっぱり同じような映像になっちゃう。それよりも地道に「ここの色合いはこうして、ここちょっとコントラスト上げて、ぼかしを入れて」というように、オリジナルのエフェクトを作ってやった方が味が出ますよね。それが個性みたいなものになってくる。演技もそうで、同じ脚本で同じ役をやっても人によって違うキャラクターになるのはそういうことなんだろうなと思います。お芝居にはこれが正解っていう答えがないのは、そういうことなのかなと。

野田:漫画もいまはパソコンで描けてしまうんですが、そこで使うお絵描きソフトのなかには筆ペンぽい感じのブラシとか、たくさんの素材が入っている。それを使うといろいろなタッチが出せるんですけど、描いていて「これって誰かが作ったペンで描いた線でしかないな」って感じることが結構あるんですよね。たとえばダウンロードして誰でも使えるフリー素材なんかも、そのままではなく、使う本人がちょっとだけカスタマイズした方がいい。そうやって自分の漫画の画面を作っているっていうのはありますね。

津田:役者もそうかもしれません。あの映画のあの人っぽくとか、他の人の演じた役を意識して、それをアレンジすることはあるんです。吹越満さんがよく「この役はチャップリンだな」とか、「この役はニコラス・ケイジのあの役でやろう」とかって言うんですけど、やっぱり演じてみると全然その通りになってない(笑)。知らないうちにカスタマイズされちゃってるんですよね。ニコラス・ケイジというブラシが吹越満風にカスタマイズされている(笑)。

舞台、映像、漫画、それぞれの表現の違い

津田:僕は脚本も書くことがあるんですけど、そのときは「ここはアップだな」とか「ここは引きで」というように、カット割りを思い浮かべながら書いています。でも舞台ってカット割りがないですよね。だから舞台の演出家の方に「脚本を書くときに、どうやって場面を思い浮かべてるんですか?」って聞いたことがあるんです。そうしたら「だいたい真俯瞰で見てますね〜」と。舞台を真俯瞰で見て、ブロッキングを考えながら書くって聞いて、その違いが面白いなと思いました。

野田:役者として参加する作品で、津田さんが台本を読んでイメージしていたカット割りと仕上がりが違うことってありますか?

津田:僕、台詞を覚えるときにも自分の頭のなかでカットを割って覚えてるんですよ。きっとここは寄りだな、とか、ここは手元のアップだろうとか(笑)。そうすると覚えやすくて。だから現場で、「あ、ここ全然カット割らないんだ」とか「あれ、ここ俺によらなくていいのかな?」と思ったりすることはありますね。

:たしかに、時々そういう事を言ってますね(笑)。

津田:で、漫画というのもコマ割りで見せていく独特の表現方法ですよね。僕、漫画という物語の表現の仕方って、映画とか小説なんかよりダントツに優れていると思うんですよね。コマ割りがあって、さらにページのめくりがあるじゃないですか。まず開いたページで過去と未来の時間軸を両方目に入れながら読んでいて、それと全く別にページをめくるっていう時間軸もある。ページをめくった瞬間は続きのコマを見ているけれど、無意識にその先のコマも目に入っている。時間軸が高次元なんですよ。そんな風に時間軸を操作しながら、さらに画面では絵と文字の両方を見て物語を追っている。相当高度なメディアだなって気がするんです。

野田:たしかに漫画ってページは右にめくっていきますけど、実はページを開いたとき一番目に入りやすいのは左肩の部分なんです。だからそこに一番大きなコマを持ってきたりとか、そういうことは描きながら考えますね。

基本的な話の流れなどは編集者にネームを提出して、やりとりをしながら確定していくんですが、実際に本原稿を描き始めたところで、キャラクターの表情や動きをネームの段階から少し変えたりもするんです。いわば演技をつけるというか。これは他の作家さんがおっしゃっていたことですが「キャラクターは自分が使える俳優なんだ」と。その俳優にうまい演技をさせてあげるのが作者である自分なんだ、っていう意識で描かれている作家さんもいらっしゃいますね。

津田:そうですよね。悲しい気持ちで振り向いてるけど、その奥にはほくそ笑んでる自分もいるとか、そういう複雑な感情を全部、振り向いた時の顔の見え方とか目の表情とか、とにかく全て絵で表現するんですもんね。そこでいい絵が描けたら、それが芝居でいうところの「いい芝居」になるんですね。やっぱり漫画って本当に高等だと思います。画家って一枚絵が素晴らしければいいけど、漫画はずっと続けて描く絵のどれもが名画じゃないと、そのキャラクターがいい芝居してることにならないわけですもんね。やっぱり漫画ってすごい。


上京当時のエピソードや知られざる『模倣犯』の裏話、さらに演技論、漫画論まで話は多岐にわたり、2時間超というロングインタビューになった今回の取材。役者とマネージャーとの関係性など、紹介しきれなかったエピソードも満載でした。今回のインタビューがどのように『ダブル』に活かされるのか、今後の展開をどうぞご期待ください。


津田寛治
1965年生まれ、福井県福井市出身。北野武監督の『ソナチネ』(1993年)で映画デビュー。以降『模倣犯』『トウキョウソナタ』『シン・ゴジラ』などの映画、『警視庁捜査一課9係』『仮面ライダー龍騎』などのドラマに多数出演。

星久美子
(株)ラ・セッテ 代表取締役
大芸能事務所でマネージャーとして勤務した後、津田寛治と共に独立。2007年3月 (株)ラ・セッテを立ち上げる。独立を期に本格的にキャスティング業務を開始。主なキャスティング作品に『冷たい熱帯魚』『テルマエ・ロマエ』 R18文学賞vol.1『自縄自縛の私』vol.2『ジェリーフィッシュ』『捨てがたき人々』『火花』など多数。

取材/野田彩子
漫画家。第49回小学館IKKI新人賞・イキマンを受賞しデビュー。著作に『わたしの宇宙』、『いかづち遠く海が鳴る』『潜熱』など。「ふらっとヒーローズ」にて2人の俳優を主人公にした漫画『ダブル』を連載中。

構成/岩根彰子
フリーランスライター。インタビューを中心にテレビや映画などに関する原稿を書いたり、書籍の編集を手伝ったりしています。レビューサイトも細々と運営中。
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